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友人と飲んだ際に、ブログで小銭を稼いだという話を聞き、下心から最近こっちに力を入れています。
日記的なことはVoxで、トピックはアンテナで、という風にやっていければと思っております。
自分は昔からモノマネに憧れがあって、何かモノマネを会得できないかと四六時中考えている。
そのせいか、突然、あ、いま○○ができそうだ、という感覚(シックスセンス)が降ってくるときがある。
例えば「あ、いま田中眞紀子ができそうだ」という感じである。
弟との駄話で、SOUL'd OUTをdisってるそのとき、シックスセンスが降ってきた。
「あ、俺いまDiggy-MO'できる」
で、路上で突然「ウェカピポ!」と叫んだ訳である。
それが思いのほか似ていて、弟も絶賛だったが、それで調子に乗って練習しているうちに、自分のDiggy-MO'はどうも違う方向に行ってしまったのを感じた。
いつもそうだ。それをつかもうとがんばればがんばるほど、それは自分の手からこぼれ落ちていく。
最終的に弟から、「それ永六輔じゃね?」と言われた次第である。
その「永六輔」というキーワードで弟の何かのスイッチが入ってしまったらしい。
「俺が女子アナでさ、来週から永六輔のアシスタントやってくれ、って言われたら、俺死にたくなると思うんだよね」とか訳の分からないことを言い出した。
「永六輔が面白いと思って話してる話って、俺女子アナだったら絶対面白くないと思う」
俺が女子アナ、という仮定に執着する弟がよくわからない。
「愛想笑いしてるだけじゃダメでしょ。あの人百戦錬磨のラジオパーソナリティーだから」
弟が永六輔を一応評価していることは分かった。
その後も永六輔の話は続く。
弟の永六輔に対する思いは深い。
思いつきで名古屋に行ったため、食べるものぐらいしか楽しみがなかった訳であるが、今こうして食ったものを見て、あまり名古屋っぽいもの食ってないなぁ、という感じがする。
写真は自分が食べた、エビ天おろしそば。
名古屋といえばきしめんだが、正直これぐらいだったら東京でも食べられそうな気がする。
きしめんを食べた後、弟もやはり名古屋感の欠如を感じていたらしく、ホテルに帰る道すがら、コンビニに寄って、何か名古屋ならではの商品を探そうということになった。
とはいえ、やはりローソンはローソンであり、唯一見つけた名古屋っぽいものがスガキヤのみそ煮込みうどんのカップラーメン。
弟はあきらめて酒を買っていた。
みそのしょっぱい感じが名古屋っぽかったが、いかんせんカップラーメンである。
翌朝、車をディーラーに入れて、連絡を待つ間に入った喫茶店で朝食をとる。
朝から写真のような結構ガッツリしたものが食える。
他のメニューもディナー的様相を呈していた。
写真はベーコンスパゲッティー。
弟がとにかく熱望していたひつまぶし。
これも駅の名店街で食べる。
観光客向けなのか、値段は安めだが、正直浅草で食べたものの方がうまかった。
新幹線のホームの立ち食いきしめん屋で食べた、名古屋コーチンきしめん。
はっきり言おう。840円はボリすぎである。
22日、土曜日。
まるで悪夢としか思えないような出来事があって、その後の飲みで少し悪酔いしてしまった。
23日、日曜日。
そのせいか、朝起きたらびっくりするぐらい現実感がなかった。
まだ酒に酔っているのか、と思ったが、気持ち悪さは全然ない。夢の続きを見ているような感じがするだけだ。
前日からつけっぱなしのテレビをそのままぼんやり見ていたが、映像が形をなさず、音は聞こえているけど断片的にしか意味を汲み取れなかった。
考えが次から次へと宙に散っていく。俺は死ぬのか、という恐怖すら持続できない。
朦朧とした意識のまま、起きたときの姿勢のまま30分ぐらいテレビを見て過ごしていたが、なんとか気持ちを奮い立たせて、とにかく飯を食おうと、ふわふわした感じのまま着替えて外に出た。
緩慢な動きで着替え、部屋から出て、そばぐらいしか胃に入りそうもねぇなぁ、とか考えてながらアパートを出たが、外の日差しを浴びたとたん、視界や意識がぼやけてきた。
これはヤバい、と思って、怖くなって弟に電話をした。
自分ののっぴきならない感じに、妙にリアルトーンで応対をしていた弟だが、いざ、会おうという話になったとたん、今洗濯してるんだよね、と微妙な突き放し方をされた。
しょうがなく、自分が弟の住む埼玉へ向かうことになり、だらだらと駅まで向かった。
電車の中でも、まだ現実感がなくて、暇つぶしに買った週刊新潮も全く頭に入ってこず、文字が通り過ぎるだけ。
ふわふわした感じのまま、なんとか弟の家の最寄り駅までたどり着いて、合流した。
車で迎えにきていた弟と少しドライブした。そのドライブ中に昨日遭った出来事を話した。
そのことについて、弟は慰めたり、アドバイスしたり。それで気持ちが落ち着いてきた。
話が一段落しだした頃、突然弟がこんなことを言い出した。
「あのさ、明日休み?」
「ああ、うん」
「だったらびっくりするぐらい遠く行ってみない?」
「ああ、いいね。・・・房総とか?」
「名古屋どうよ」
脳髄がしびれて、頭の中が真っ白になるのがわかったが、次の瞬間、いいね、と言っていた。
そんな訳で、そのまま高速に乗り、名古屋を目指した。
弟の軽自動車がうなりをあげて高速をひた走った。
車内ではひたすら駄話を繰り返し、その間に、現実感はだいぶ取り戻すことができた。
埼玉を2時ぐらいに出て、名古屋に着いたのは8時過ぎたころだった。
これが名古屋かぁ、とか感傷に浸る間もなく、到着したとたんに、エンジンから異音が轟きだした。
何か引きずっているんじゃないか? とか、弟がいろいろ調べていたのだけれど、結局原因が分からず、それでも異音が消えないので、ガソリンスタンドで車を見てもらうことにした。
ガソリンスタンドでは、車のエンジンルームからいよいよゴムのこげる嫌なにおいがしていた。
エンジンルームをいろいろ調べていた店員が、これエンジンのベルトの問題ですね、と我々に告げた。
さらに、うちでは直せませんね、ディーラーとか修理工場いかないと・・・、ととどめを刺してくる。
もうこれ以上はヤバい、ということになり、近くにあったパーキングに止めて、夜の名古屋観光を決め込むことにした。
そして今日の朝、ディーラーや整備工場に電話をかけまくり、車を見てくれるところを探し出し、いつ切れるかわからないベルトに戦々恐々としながら、なんとかディーラーに運び込むことができ、検査の結果を待つことにした。
午後になって、ディーラーから連絡が入り、修理には2日かかることが判明した。
さて、このエントリーのタイトルに「前編」と入っているのは、結局我々は今日新幹線で帰京し、また来週、名古屋に車を取りに行くことになったためであります。
かとちゃーはんが10年の東京生活に別れを告げ、生まれ故郷である北海道に帰るそうだ。
地方から東京に出てきた人間にとって、こういった話は切なくならざるを得ない。
そういった気持ちと、一つけじめをつける意味合いで、かとちゃーはんを飲みに誘う。
そして三ノ輪の飲み屋で5時間ほど食ったり飲んだり話したり。
正直にいえば、故郷に帰ることを決めたときのメンタリティーを知りたかったのだが(自分が長男だから他人事じゃない)、その話をしているうちに、この人どこまで真剣なんだろう、という気分になってしまい、最後だというのに結構辛辣なことを言ってしまう。
飲み屋を出て、鴬谷まで歩き、ここで別れよう、というところで、でも結局地理的に離れるだけで、2人の関係ってそんな変わんないよね、という話になる。
VOXあるし、Twitterあるし、GTalkとかSkypeもあるし、最近は年に2〜3回会うだけだし。
最終的に、じゃあまた、と言って別れた。
自分が住んでいる町内会で、土日ぶち抜きで祭りをやっていて、家の前の人通りが多いったらない。
こんなときに限って予定がないもんだから、外に出る機会を失って、家でだらだらFFXIをやってしまう。
もちろん土日ぶち抜きで。
しかもFFXIは絶不調で、競売で倍の値段でアイテムを買ってしまったり、アイテムを取るのを手伝ってとフレンドに誘われ馳せ参じれば、1時間かけてきっちり準備してたと思っていたのが、まるでグダグダだった上、2回ほど死んで、レベルは下がり、死んでしまったためアイテムも手に入らず、やらない方がよかったと思うことこの上なし。
飯を食おうと思えば、いつも行ってる家の近くの飲食店は1軒残らずジジイとババアで満杯で、結局コンビニで飯を買った訳ですよ。
でもせっかくの祭りだから焼きそばでも食おうかなどと屋台にいったら、予約でいっぱいなんですよ、とか訳のわからないことを言われて結局買えず、次の日、それでもくじけずに屋台に行ったら、鈍臭い店員が1分に1人のペースで客をさばいていて、これからパレードが始まります! と言うアナウンスの中、イライラしながら自分の順番を待ち、やっと自分の番がきたらちょうどパレードが始まり、道路をわたれなくなってしまい、イライラしてたんで関係ないぜとパレードを突っ切ったら、そのパレードに親戚のおばさんが参加していたらしく、○○ちゃん! と大声で本名を呼ばれ、観客がクスクス笑う、という屈辱を受けた。
ここまでどっちらけも甚だしい週末は久しぶりである。
会社が終わって、夕飯も食べて、週末に思いを馳せながら家路を急いでいたら、ガリガリの中国人の女に声をかけられた。
おもいっきり片言のため、状況がさっぱりわからないのだが、キテ、キテとしきりに建物のほうを指差し、最終的には、タスケテ、とか言う。
つまりこうだ。
「オニイサン、キテ(建物を指差す)、レイゾウコ、キテ(建物を指差す)、カイダン、タスケテ」
はっきりいって怖くなったが、助けてほしいといわれてそのまま見過ごすのもなんだと思い、促されるまま建物の中に入った。
中では、ガリガリの青年と老人が冷蔵庫を運搬しており、階段をあげる際に青年が力尽きたかなんかで、足が冷蔵庫の下敷きになっていて、老人は助けようとしているのだが、力がないため持ち上げることができず、青年のほうに冷蔵庫をグイグイ押し付けている、という衝撃的なコントが繰り広げられていた。
志村けんあたりならうまい返しができるのかもしれないが、あいにく志村けんではないので、しばし呆然としてしまった。
自分は老人と入れ替わり、冷蔵庫を少し持ち上げた。青年が足を退けて、運搬できる体勢までまで持っていった。
じゃあここで、と颯爽と帰りたかったのだが、なんか行きがかり上、部屋まで冷蔵庫を運ばなければいけない感じだったため、青年と協力して、冷蔵庫を縦へ横へとアクロバティックに体勢を変えながら、俺は嫌な顔をしていますよ、というアピールを忘れず、ここは帝国劇場か!というぐらい大げさな舌打ちを打ちながら、何とか部屋まで運び上げた。
なぜそんなに嫌だったかというと、その冷蔵庫が油でベトベトであり、さらに横に埃にまみれたコンバットが張り付いていたためである。
運び上げて、じゃあここで、と颯爽と帰りたかったのだが、ガリガリの中国女が、運び上げた部屋にあった別の冷蔵庫を今度は下におろせ的なことを言いだした。
おいおい、お前のずうずうしさは万里を駆け抜け、天下に轟くで!とか思い、ここはライブハウス武道館か?ってぐらいハイテンションなため息をついてみたのだが、ガリガリの中国女はまるで意に介さず、下におろす冷蔵庫の中身をどんどん外に出してる。
ってか、そんなのあらかじめやっとけよ、と思ったが、その冷蔵庫の中からめんつゆのビンが4本も出てきたことに気を取られ、気がつけば、その冷蔵庫はスタンバイが完了していた。
そしてガリガリの青年と運び出そうとしたのだが、今度はジジイが手伝おうとしゃしゃりでて、バックで階段を下りる自分の脇に割り込んできて、逆に不安定な体勢になってしまい、自分がまっ逆さまに階段から転げ落ちる危機を天性のバランス感覚で何とか持ちこたえ、ジジイ!邪魔だ!という言葉を、ちょっとまって、大丈夫ですから、とマイルドにすることに成功し、なんとか下まで運ぶことができた。
もう一刻も早く立ち去りたい気分であり、ガリガリの青年と老人の感謝の言葉もそこそこに、逃げるように家に帰りました、という話。
先日の3連休+1日でグァムに行ってきた。社員旅行なので費用は会社持ち。
いろいろ書くべきことはあると思うのだけど、なんか書き出すととりとめなくなってしまうので、簡潔に語ると、とにかくホテルのベランダから海を見て、ボーッとしていた感じ。
4時間とか日本ではあり得ない長い時間ただただボーッとしていた。
そんな感じ。
前日3時間ぐらいしか寝てないというのに、寝る間際、フジテレビで24が放送されているのを見かけてしまう。
すぐさま録画を開始したが、そのまま4時まで見続けた俺。
あからさまな失態であることに気がついてはいたが、やっぱり見てしまうなぁ・・・。
隔週の土曜日、定期的に集会を開く友人がいる。
彼は諸事情により無職で、暇だけはたくさんある。
彼と会って、時事やら、くだらない話をする、という事をもう6年も続けている。
今日はその集会の日で、友人との待ち合わせ場所に向かうため、地下鉄に乗った。
乗り換えのため、三越前でおりて、半蔵門線のホームで電車を待っていたのだが、なかなかこなかった。
おかしいな、と思い、到着時刻を確認するために電光掲示板を見ると、東急線の管内で人身事故が発生した、という表示が流れていた。
そのときは、しょうがねぇな、と思っただけで、しばらく待ち、遅れてやってきた電車に乗って、待ち合わせ場所に向かった。
約束の時間に5分ほど遅れて、待ち合わせ場所に到着した。
友人はまだきていなかった。
彼は東急の管内の駅から乗ってくるので、まあ、影響をもろに受けたのだろう。
友人は無職である事が主な理由だと思うが、ケータイを持っていない。
なので、こんなときにはもうひたすら待つしかない。
そんな訳で一度はしまったiPodを取り出し、友人を待つ事になった。
・・・・・・
約束の時間から30分経過し、自分はだんだん不安になってきた。
ちょっと遅すぎやしないだろうか。
待ち合わせ場所に向かう半蔵門線の電車の中で、反対側の線路を走る電車を見ている。
半蔵門線は動いていても、東急線は止まっているという事だろうか。
その事を確認するため、駅員に話を聞くと、どうやら東急線は動いているらしい。
それを聞いてますます不安になった。
気持ちが、もしかして・・・、と、まさかそんなことはないだろう、の間で激しく揺れ動いた。
時間が経過するごとに、もしかして、が強くなり、友人の人生の事とか、もしかした場合のその後の対応の事とかを考えだした。
駅から人が出てくるたびに、構内をのぞいて、友人がいない事を確認するたびに、不安は募っていく。
そして、約束の時間から50分ほどたって、友人が現れた。
正直涙が出そうになった。
大変だったよー、と友人は言って、事の顛末を語りだした。
何の事はない、途中の駅でおりて、バスに乗り換えて渋谷に向かったらしい。
みんな同じ事考えていたらしく、バスは混んだ上に、渋滞にハマり、遅れたとの事だ。
そんな簡単な可能性を見逃していた自分にガッカリするとともに、やっぱケータイ買ってほしいわ、と友人に言った後で、ふと思った。
友人ではなかったが、東急線では「事実」誰かが死んでいて、その人もどこかに向かっていて、誰かと待ち合わせていたのかもしれないのだ、と。
・・・・・・
その後、友人といつものように飯を食ったりコーヒーを飲んだりしながら、建設的な話や不毛な話をした。
やがて夜になり、友人と夕食をとっていたときに、実家から電話がかかってきた。
中学時代の同級生がバイク事故で死んだという、連絡だった。
実務的ないくつかの話をして、電話を切ったあとで、友人にその事を告げると、もうそこで自分のトーンが落ちきったのを感じた。
今日は人が死ぬ日だねぇ、と自分はつぶやいていた。
・・・・・・
おばあさんが死んだときに死ぬ事に取り憑かれ、本当に眠れぬ夜が続いたことがあった。
天国や地獄、転生とか死後の世界とかを信じられないせいで、死ぬ事が本当に怖かったのだ。
病院でおばあさんの死体を見たときに思ったのは、その取り返しのつかなさ、であった。
何も消費しない、何も生み出さない、もう何にもならない。
その事についてどうしようもない、という事に理不尽さを感じた訳である。
そして、いつか自分もそうなる、と思ったときに恐怖に取り憑かれた。
自分もいつか、何も消費せず、何も生み出さず、その前もその先もなくなるのだ。
死ぬ事は他人事ではないのだ、という真実をおばあさんが死んだときに思い知らされた。
毎日、どこかで誰かが死んでいる。
そして、その誰かの数の何倍かの誰かが、大事な人を失っている。
今日、東急線で誰かが死んだ。
自分は中学時代の同級生を失った。
そして、おばあさんが死んだときの事を思い出した。
今日はそんな日だ。
・・・・・・
友人と別れた後、実務的な話をするために、田舎の友人に久しぶりに電話をした。
田舎の友人の声は普段と変わらぬトーンだった。
田舎の友人の声の向こうから、グラスの音が聞こえた。
それでいい。
それで救われた。