佐世保バーガーを食す。
食べるときに押しつぶしてバンズに肉汁やソースを染込ませて食べてとの指示有。
まぁ、そのままじゃ口に入らないからどうしても押しつぶさなきゃ食べられないんだけど。
感想はまぁこんなものかと。
美味しい事は美味しい。
でも、食べる前に自分のハードルを上げすぎてたみたい。
サイズはレギュラーとジャンボがあったけど、レギュラーにした。
レギュラーでも食べ応えあったけど、ジャンボだとどんな感じなんだろう。
食べる気は無いけど見てみたい。
店内はオープンしたばっかりなのにガラガラ。
分かりにくい所にあるから。
あの客入りだと撤退も早そうだなぁ。
店員さんは若くて綺麗な娘が多く、みんな暇を持て余してる感じ。
只、ペッチャクリながら料理し過ぎ。
先日、スープ焼きそばを食す。
焼きそばがとんこつスープに入っている。
なんでさ。
味はとんこつスープに入った焼きそばの味。
これって、焼きそばとトンコツスープを別に出してもいいんじゃね。
焼きそばは焼きそば。
スープにつけたければ、つけ麺みたいにつけるとか。
からしが添えられてるのも不思議。
不思議な食べ物でした。
AGFのコーヒー、ブレンディーのCMキャラクターは
2001年から現在まで、原田知世が勤めています。
既に7年ほど放送しているわけですが、あのCMは、
実は放送開始時(2001年)に、まとめ撮りされ、
つい最近まで、放送されていたそうです。
(どうりで原田知世が老けないと思った・・・)
なんでも、AGFの看板はマキシム、ブレンディーは
2番手、3番手で無名の存在。それを差別化する為に、
「ほっとできるコーヒー」をテーマに、キャラクター
固定で、繰り返し放送することにしたそうです。
(記事では触れてませんでしたが、CM製作コストも
あった気もします)
現在は、今年に入ってから、収録されたバージョンが
放送されています。
なお新CMシリーズも原田知世がキャラクターで、やはり
「ほっとできるコーヒー」を踏襲しているそうです。
知らなかった世。
なんか結構ショックだ…
温玉とろろらーめんを食す。
美味くない。
らーめんにとろろは合わない。
店も汚かったし。
清原が落合を、健介が長州を師と仰ぐように
誰にでも生き方の指針となる人物がいるものである。
自分は寺山修司と手塚治虫、それに次元大介ともう一人
今年の正月、人生の師匠となる、あるおっさんに出会った。
正月休み、友人のT君が購入した中古車を取りにいくというだけで
その付き添いで仙台まで出向いていた。
目的地である中古車ディーラーにあったその車は
オレ的第一印象は「やや派手な燃えないゴミ」
しかしT君にとっては長年探し求め、夢にまで見た車である。
手続きを終え、挨拶をそこそこに運転席へ乗り込もうとするT君を
中古車屋のオーナーは「まぁまぁ」といった調子でなだめ、自らハンドルを握った。
「せっかくですからご飯でも食べにいきましょう。コイツはクセがありますからね、道中いろいろ運転のコツをお教えしますよ」
と、出発して僅か数十秒、国道に出てアクセルを踏み込んだときだった。
「グボッ」、何かを踏みつけたような異音が車内に響く。
鳩をひいていた。
名実ともにT君のモノとなったその数十秒後に、鼻歌交じりに運転していたおっさんは不吉にも鳩をひいていた。
助手席のT君は、豆鉄砲を食ったような顔をしたまま固まっている。
重苦しい空気の中、おっさんは悪びれる様子もなくポツリとつぶやいた。
「うんうん。あれは鳩が悪いぞ」
実のところ自分も常々、このおっさんよろしく軽いノリでありたいと思い続けている。
ゆえに文末も「~である」という堅苦しい文体ではなく「~だぞ」という口語体でシメたいと考えているが
現実的には毎日、残業に終われる日々でテンションを削がれ、「である」に甘んじることが少なくない。
今年こそは言えるようになれればと思う。
デタラメな人生でボロボロになったとしても、軽いノリでさらっと「オレは悪くない。政治が悪い、社会が悪い」
と言える強さを身につけ、いつの日か「だぞ」、もしくは「だよん」、あるいは「だぴょん」で終われる日々を送りたいものである。
周囲を優しく包み込む、太陽の光に恵まれた春の日のような笑顔だった。
その笑顔の年配の男性は、渋谷駅にいた。
ここしばらく渋谷まで仕事で出向かなければならない日が続いていて
ただでさえ人混みが苦手な上に朝は超のつくほどからっきしに弱い体質なので
毎朝、満員電車に揺られているだけで軽く鬱になっているのだが
そんなある朝、人でごったがえすJR渋谷のとある改札のど真ん中で正座をしている
奇妙な男性をみつけた。
その男性は、なにやら道行く人に対しあたり構わず満面の笑顔を振りまきつつ、おじぎをしているようで
別段、物乞いしているわけでなく、身なりはホームレスのそれであるが
一見普通のおじさんであった。
当然、都会の人たちは無関心で朝の忙しい時に邪魔なだけでしかないわけで
おじさんはたまに、どつかれたり、キチガイな女子高生に写メ取られたりと
その光景をみせられるだけで朝からテンションが下がることこの上ないわけだが
ここ数日、なぜかこのおじさん、オレに対しては一度もおじぎをしないということに気づいた。
いやよく見ると自分ばかりか周りに対し下から睨み付けるような視線をするようになった。
わけがわからないし、気味が悪いので当然おじさんの周りはミステリーサークルのような
スポットができ誰も近寄れず、ただただ見守るだけの日々が続いていたのだが
休日出勤の今日の帰り、そこらじゅう恋人達で賑わう夜の渋谷駅におじさんの姿はなくなっていた。
駅員につれさられたか、あるいは別の場所へ移動したか・・・それはわからない。
ただなんとなく、安易なヒューマニズムじゃないけど
あのおじさんの命も人としての価値もオレとなんら変わりはないし存在理由も大差ない気がする。
ただ、いまさら思うのは、あの見知らぬおじさんがみせた
ほがらかで屈託のまるでない笑顔は今までみたことない。
たぶんオレには一生できないな。。。そんな気がしたクリスマスの夜。